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【アラベスク】  第14章 kiss



第2節 本気の証 [20]




 甦る光景。灼熱の陽炎に揺らぐ美鶴と、霞流慎二。
 真夏の京都にあって、そこだけ涼風が吹きぬけるような爽やかさを漂わせた上品な青年。
 き、キザなだけだっ
 思わず足でアスファルトを叩く。そんな聡を避けるようにコソコソとすれ違う女性。
 認めねぇ。こんなん絶対に認めねぇ。
 拳を握り締める。
 少なくとも、どうして霞流なのか、納得できる理由を聞かせてもらうまでは絶対に認めねぇからな。
 カッコイイから? 人当たりがいいから? 親切だから? 金持ちだから? どれもこれもムカつく理由だ。どれを言われても腹が立つ。美鶴がそんな理由で人を好きになったなんて聞かされたら、絶対に怒り狂っちまう。
 じゃあ、どんな理由だったらいいんだよ?
 浮かんだ言葉に反論しようとし、言葉に詰まった。
 どんな理由だったらいいのか? どんな理由なら、聡は納得するのか?
「そりゃあ、性格とか、相性とか」
 ボソボソと口にする聡を、訝しげに老女が睨む。
 人を好きになる理由。
 突然沸いた言葉にしばし思案し、だがやがて大きく腕を振った。
 そんなもん、知るかっ! あぁ、ちっとも冷静になんてなれやしねぇっ!
 叫びたいのをどうにか堪えて一歩踏み出そうとし、足を止めてしまった。
 これ。
 店頭に飾られたアクセサリー。
 アジアン雑貨を扱う店のようだ。ワケのわからない木製の置物やら象の模様が幾何学的に(あしら)われたベッドカバーなど、埃っぽさと安っぽさを売りにした品々がごちゃごちゃと並べられている。その一角に置かれたアクセサリーコーナー。聡はその前で向かい合った。
 昨日と同じ。
 冷えた手をコートのポケットに突っ込んだまま、無表情で見下ろす。傍から見れば、物欲しそうには見えない。
 まだ残ってたのか。そうだよな。昨日の今日だし、別に特別目立つデザインでもないし。
 でも、美鶴にはこういうのが似合いそうだよな。
 茶色の紐にくすんだ人型のシルバー。丸い頭がいくぶん大きく、幼児体型のそれは両手を挙げて万歳している。
 腕を水平に伸ばし、肘から先を上へ挙げる、なんとも不自然な恰好。足も水平に伸ばし、膝から下をダランと下へ。完全に蟹股。見るからに滑稽だが、愛嬌がある。頭部はただの丸いシルバーで顔など無いから表情も無いが、なぜだか愛嬌を感じる。
 昨日、偶然見つけた。美鶴を瑠駆真に奪われ、呆然自失でフラフラと街を彷徨うように歩く。自宅へ帰ればサボりがバレる。だがどこへ行けばいいのかもわからない聡の視界に、その姿が飛び込んできた。
 似合うな。
 ふと、そう思った。
 聡はアクセサリーなどといったものには興味もない。このような髪型をしているとお洒落に気を使う人間なのかと思われ、唐渓へ転入する以前の学校では、何度か声を掛けられたりもした。が、聡は指輪もしなければピアスもしない。目の前の代物がネックレスなのかペンダントなのか、はたまた別の名称で呼ばれているモノなのか、それすらもわからないくらいにこの手の話題には(うと)い。
 もちろん、誰かに贈ったという経験もない。
 そんな聡が、足を止めてしまった。
 クリスマスセール400エン均一、と書かれた手書きの紙が、木枯らしに吹かれて今にも飛んでいってしまいそう。
 400円か。これくらいなら、俺の財布も傷まないな。男モノのようにゴツくもないし、妙にテカテカしてて高級さを偽装しているワケでもないし、安い石も嵌め込まれていないし。
 こういうの、美鶴に似合いそうだよな。
 ふらりと手を伸ばした瞬間、脳裏に、ペンダントを身につける美鶴の姿が浮かんだ。胸元で愛嬌を振りまく人型。
 白くて、美しくて、滑らかな美鶴の胸元で。
 聡は手を止めた。中途半場に伸ばしたまま、硬直したようにペンダントを凝視する。だがその瞳は焦点がズレている。
 美鶴の白い肌に浮かび上がる痣のような紅色。
 生唾を飲み込み、いつの間にか震え始めていた掌を引っ込める。乱暴にポケットへ突っ込む。
 あの肌にあんな事をしてしまった。そんな自分に、あの場所を飾るモノなどを買って、贈る権利などあるのだろうか? それはまるで、あの肌に残してしまった痕跡を、この人型で隠そうとしているみたいではないか。
 まるで、自分のやった事を無かった事にしようとするかのような、卑劣な隠蔽工作。
「馬鹿馬鹿しい」
 吐き捨てる。
 ペンダントから視線を外し、心内に沸いた小さな幸せを握りつぶすかのように店舗に背を向けた。
 だがその胸に、小さな疑問が未練のように沸いた。
 美鶴、クリスマスはどうするんだろう?





「聞いてない」
 昼休み、携帯で呼び出された瑠駆真は、ほとんど表情を変えずにそう答えた。
「美鶴が明後日のイブをどうするのかなんて知らない。聞いてもいないよ」
 言って、風で煽られる髪を押さえる。
「でも正直なところ、僕も気になってはいた」
 向かい合う聡の瞳が揺れる。
「じゃあ何で聞かないんだ?」
「同じ質問を君にしていいか?」
 右手の人差し指と中指でビッと指差され、聡は返答に窮する。バツが悪そうな表情に、瑠駆真は呆れ顔。
「たぶん、同じ理由だね」
 美鶴に霞流の事が好きだと宣言されて以来、三人の関係はギクシャクしている。
 駅舎には通い続けている。美鶴は霞流との約束があるし定期も買っているのだから行かないワケにはいかない。そして聡も瑠駆真も、引き下がるつもりはない。
 三人で過ごす駅舎での放課後。だが、いつものような活気はない。
 じゃあ今までは活気があったのかと言えば微妙なのだが、それまでは少なくとも、思ったことはワリとすんなり言っていたような気がする。
 瑠駆真が美鶴に近寄れば聡が喚き、聡との間で会話が弾めば瑠駆真が嫌味で邪魔をする。そんな毎日だった。
 その日常が、あの日以来、少しだけ変化した。言いたくとも、聞きたくとも躊躇ってしまう。
 言いたい一言があったとしても、それを言う事によって、美鶴との関係に何か不利を作ってしまったりはしないだろうかといった不安が、常に二人の胸に沸くようになった。
 それは今までだって同じだったが、とにかく美鶴の気を引きたい一心だった今までとは違う。誰か別の人間へ向いてしまった美鶴の気持ちを方向転換させなければならない。ただ単に気を引けばいいというものではないのだ。
 そう考えると、一言を発するにもなぜだか緊張する時がある。微妙な空気が漂う駅舎で、今ではツバサやコウの存在がとてもありがたく思える。
 聡や瑠駆真を無理矢理追い出さないのは、美鶴なりの配慮なのだろうか? それとも追い出そうとして聡や瑠駆真とモメて、思い出したくもない出来事を蒸し返すのが嫌なのだろうか?
 言葉には出さないが、美鶴が二人に対して少ながらず警戒しているのはわかる。聡が隣に座ろうとすればなんとなく距離を置こうとし、瑠駆真が手を伸ばせばなんとなく身を引く。
 原因を作ったのがこちらであるのは明白であるだけに、聡も瑠駆真もそんな美鶴の態度を咎める事はできない。
 微妙で、気まずい。だから聞けない。
 クリスマスをどうするのか?
 その一言が、聡も瑠駆真も聞けないでいる。







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